辻静雄ライブラリー第1巻『フランス料理の手帖』刊行
今年は、辻静雄の生誕80周年、そして没後20年に当たります。
この機会に、復刊ドットコムから『辻静雄ライブラリー』全7巻として、その著作を再び世に送り出すことになりました。
今回、ライブラリーを編むにあたって、余りに専門的な作品は除き、『フランス料理の手帖』『うまいもの事典』『エスコフィエ』『舌の世界史』『フランス料理を築いた人びと』『料理人の休日』『料理に「究極」なし』の7冊で構成しました。
今回のライブリーを通して、辻静雄のフランス料理研究者、教育者、著述家としての多面的な仕事を見渡せればと思っています。
辻静雄は、新聞社をやめて料理の世界に飛び込んでわずか10年ほどの、30代後半から40代前半までの間に集中的に著作を世に問いました。何事も徹底的に追究せずにはおかなかった辻静雄ならではの、仕事ぶりだったと言えます。
生涯貫いた、あまりにも真摯な態度は、料理を食べる姿勢にもそれは現れていました。そうして食べ続けながらフランス料理と背景にある西洋の文化に迫り、料理を作るとはどういうことなのかを追い求めた思索の日々がここに結実しています。
徹底していると言えば、人とのつきあい方もそうでした。
フランス料理研究の道筋を示唆してくれたチェインバレンさんやフィッシャーさんが、見ず知らずの外国人の自分にしてくれたことが、人としていかに大きなことだったか、師への感謝を飽くことなく語っていたのを思い出します。
また、辻静雄が心から愛したレストラン「ピラミッド」のマダム・ポワン。
探究心の塊だった彼を包み込むように受け入れ、母親代わりになって人の輪を広げ、外国人が到底望み得ないような深さでフランスを体験し、人と交わり、際限なく学ぶことを可能にしてくれた恩人です。我が子同様に慈しんでくれたマダム・ポワンを見つめる時の、敬愛に満ちたえもいわれぬ優しいまなざしを忘れることはできません。
数多の書物を集め、読破し、研究を重ねた辻静雄でしたが、同じくらい人からも学んだのです。
料理を語りながらもいつしか話は人と人が社会で交わり、生きていくことに及び、人生のある時に食卓を囲んで音楽や文学を語らい、新たな世界に触れる喜びへとつながるのです。そんなかけがえのない一瞬が、いくつもの断章に結実しています。辻静雄は、過去から現在につながる時間の中に料理を位置づけ、また豊かな文化の中に置いて、料理を料理だけで語ることをよしとしませんでした。自らを律し、料理を主観では語りませんでした。そんな一種の美学が文章からにじみ出ているようにも感じます。
これらの著作が書かれた頃に比べて、フランス料理との距離は格段に縮まりました。現地に渡って自分で味わい、逐一確認しなければならなかった食材や料理は、私たちのすぐ目の前にあります。
そんな今だからこそ、料理の道に踏み出そうとしている若い方々、レストラン経営の現実に立ち向かっている方々、そして異国の文化を学ぼうとする方々に辻静雄の言葉に触れていただければと、願っています。
激しい変化にさらされ、ともすれば私たちは短いスパンで料理を見てしまいがちです。
何かを学ぼうとする時、あまりに近視眼的に物事を見てはいけない。辻静雄はそう問いかけている気がします。
料理の世界でも、数知れぬ過去の先達の仕事の積み重ねの上に今の仕事があるのですから。グローバル化する現在、日本人が日本でいかに料理を作っていくべきか、そんなことも改めて考えさせてくれます。
辻静雄が残し、今も辻調グループが大切にする教育理念は、ドケンド・ディスキムス(教えることによって学ぶ、の意のラテン語)という言葉で表されています。
学び続け、それを教えることで続く人たちに期待をかけた辻静雄の思いを、皆様と分かち合うことができれば幸いです。
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『フランス料理の手帖』<辻静雄ライブラリー1>
著者:辻静雄
解説:辻芳樹
出版社:復刊ドットコム
判型:四六判
定価:1,900円(税別)
▼目次より
キャヴィア/チップ/メニュー/料亭/食通/葡萄酒とソムリエ/屋台/チーズ/チョコレート/お勘定/ふたたびメニューについて/食卓の音楽/小道具/ロシア式サーヴィス/エスプレッソ/ビフテキ/ふたたび食通について/ワインと料理/フランス料理今昔/アンナの手帖 ほか