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おこげ料理をご存知ですか。普通、料理はテーブルに出すと完成なのですが、これは更に揚げた鍋巴(おこげ)に目の前で熱々のあんをかけるというパフォーマンスが楽しめます。バチバチ、ジュジュジューッという音のハーモニー、ライブ感溢れる料理なのです。初めて出会った瞬間から私の心を掴んだ料理の一つです。 |
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鍋巴にかけるあんは種類が色々です。甘酢味のものは、甘味の中に酸味が混ざった味が若いライチのようだと、中国では小茘枝味と呼ばれています。そのほか、トマト味のもの、酸っぱく辛い酸辣味などがあります。
トマト味のものは「蕃茄蝦仁鍋巴」と一般的にはいわれていますが、「春雷驚龍」という名前でも知られています。春雷が龍を驚かすというのは『三国演義』によるという説もあります。曹操と食事をしていた劉備が、「天下に英雄は君と自分だけである。」という曹操の一言に本心をつかれ、驚いて持っていた箸を思わず落としてしまった。折りしも雷が鳴ったので、雷に驚いて箸を落とすような人間で、とても天下を狙うような器ではないですとごまかした。という話ですが、鍋巴にあんをかけた時の音を春雷に喩えているのです。この料理は、上海の人に大層好まれているのでしょうか。乾隆帝がこの音に驚いたので「春雷驚龍」といわれたとか、世界で一番美味しいという「天下第一菜」の名前ももっています。 |
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まずは、この料理と私の出会いから。初めて食べたのは今から15年前の学生時代でした。マンゴープリン、上湯M龍蝦(伊勢エビの炒めもの広東風)、そして鍋巴・・・・・・、「世の中にはこんなに美味しい料理があるのか。」と思ったのを今でもよく憶えています。
美味しいものを食べたら同じものを作りたいと思うのが料理人の性というか、何というか、とりあえず作ってみようと意気込みましたが、結果は・・・・・、上手くいかないのです。色々な店の鍋巴料理を食べてみて再びチャレンジ!しかし・・・・・・。何度味付けをしても思う味にならないのです。試行錯誤を繰り返していた頃、ある先生が、「この甘酢味をつける時はまず塩味を決める。そして、入れた塩の三倍の砂糖を入れ、同量の酢を入れると味が決まりやすい。」と助言して下さった。その通りに作ってみると好吃!今思えば当たり前の事なのですが、当時はそれができず悩んでいたのですね。 |
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ついに美味しく作れるようになり、家族に披露することにしたのですが、あんが出来上がると同時に鍋巴にかけました。ジュジュジュー、やった!美味しそう。あっ!「食卓であんを鍋巴にかける」という鉄則をうっかり忘れ、あせって台所であんをかけてしまったのでした。肝心の音を聞いたのは料理人の私だけ。出来上った料理を見た母親の「いや、音は?」の一言が今でも耳に残っています。
鍋巴は、元々は鍋に薄く貼り付いたご飯を、乾燥させて作っていたのですが、今では市販品も売られています。市販品は糯米で作っているものが多く、揚げるとポン菓子を固めた、スナック菓子のような食感で、あんを吸うともちっとします。一方、手作りの鍋巴は厚さも自由自在です。薄く伸ばして風通しのよいところで十分に乾燥させ、揚げると春巻の皮のようにシャリシャリして、あんを吸った部分はクニャクニャとなり、この2種類の混ざり合った歯触りがなんといえずよいのです。 |
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さて、心の痛手が癒えた頃、リベンジです。今度は、ご飯も沢山残っていたので、鍋巴から作りました。前日の残りのご飯を薄く伸ばして乾燥させ、あんも美味しく仕上がりました。もちろん、今回は食卓であんをかけ、大きな音が響き渡り、大成功!長い道のりだったと感無量になったのもつかの間、家族の様子がおかしいのです。一様に皆が無口になっています。一口食べた瞬間その訳がわかりました。固い、歯がかけそうなほど固い、そう手作り鍋巴が固いのです。鍋巴の乾燥が充分でなかったのと揚げる温度が低かった為、芯まで揚がらず膨らまず、岩石のような物体に。そのうえ固すぎてあんを吸わないので、なかなかやわらかくなりません。
「味は美味しいのだけれど・・・」悲しい一言と、シーンとした部屋にボリボリとまさに岩石を削るような音がいつまでも響いていました。鍋巴を手作りするには、風通しのよい所に3日くらいおいて充分に乾燥させて下さい。
と、まあ失敗ばかりのエピソードですが、失敗したからこそ思い入れの強い一品になったのかもしれませんね。 |
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どうでしょうか、鍋巴の魅力は伝わりましたか?今回は甘酢味に仕上げました。もし、このコラムを読んで今日鍋巴を作ろうと思った人は市販品を使って下さい。さもないと私の家族と同じように岩石のような鍋巴を食べる事になってしまいますよ。注意して下さいね。 |
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