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平成16年10月に思いがけず四川省を訪れる機会に恵まれました。成都での5日間の料理研修に参加するためです。
成都は中国西南地区における金融、貿易、交通、通信の中心地です。他の中国国内の大都市と同様、成都もここ数年で大きく発展を遂げています。ビルが多く建ち並び、高速道路は全てETCが完備され、街は自動車が溢れてあちこちで交通渋滞。とはいえ、やはり自転車を利用する人は多く、特に朝方は列をなすように走り、三輪タクシーもよく見かけました。話の種に三輪タクシーに乗ってみたかったのですが、値段を交渉で決めるのはちょっと難しいし、自分の体重(3ケタ)を考えると断わられそうなのであきらめました。歩行者のマナーは決してよくはなく、赤信号でも皆で渡れば怖くないのか、大挙して渡っていました。
我々が訪れた10月は日本の秋と気温はほぼ同じでしたが、内陸部にありながら湿度が高く、一年を通してほとんど晴れることはなく、厚い雲に覆われています。「蜀犬吠日(蜀の犬は太陽を見慣れていないので吠える)」といわれる所以です。
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ホテルの近くには市場があり、滞在中ほぼ毎日通いました。体育館くらいの広さの二階建ての吹き抜けの建物の中は、ウズベキスタンのバザールのように、肉、魚介、野菜、乾物等がそれぞれ5メートル四方に仕切られたスペースの中で売られています。肉類は内臓を抜いた牛や豚等が吊されており、脳、耳、頭、テール等あらゆる部位も置かれています。ウサギも随分目にしました。魚介類では鯉、草魚、桂魚(ケツギョ)など四川らしい川魚や、上海蟹、田ウナギ、いくらか小型のスッポン、空輸されてくる肉蟹(ノコギリガザミ)等が並んでいます。野菜では日本では缶詰しか手に入らない草磨iフクロ茸)、そして何といっても唐辛子に山椒。四川の食文化の特徴を表すのに「三椒」という言葉がありますが、
花椒(山椒)、辣椒(唐辛子)、胡椒は至る所で目にしました。本場の食材が満ち溢れた市場は、私には宝の山のように見え、気分が舞い上がりそうです。 |
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研修は「中国の名店100選」にも名を連ねる由緒あるレストラン「卞氏菜根香酒楼」と「錦官驛酒楼」で行われました。「菜根香」は客席数が約150あり、調理場では30人近くの人が働いており、女性も活躍しています。四川料理の店ですが、直径49cmのやや浅い鍋、布巾のたたみ方、鍋の持ち方、料理を作る度にササラで洗うという鍋の使い方、そして料理を作る流れは広東料理のレストランのようでした。料理長が解説をしながら料理を作り、試食をするという形で約10品作って頂きました。 |
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初めて目にする食材や料理に圧倒させられる一方、日本でよく知られている料理が、本場のものとは違うことを発見しました。例えば回鍋肉。日本では「豚肉とキャベツの味噌炒め」ですが、キャベツではなく、蒜苗という葉ニンニクを使用します。また乾焼明蝦といえば、いわゆる「エビチリ」ですが、全然違います。殻つきの河エビを芽菜(四川の漬け物)、肉のそぼろと一緒に液体が少なくなるまで煮詰め、くずびきせずに仕上げます(正しく乾焼!)。少し甘辛い煮込みです。どの料理も日本で出されるものとひどく違っています。
我々が日常食べている中国料理は、先人が日本人に受け入れられるように、そして当時手に入る食材でアレンジして広まって行ったのだな、と感じました。 |
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面白かった料理が「大汗魚頭」。ナマズの頭の蒸し物ですが、黄橙籠という非常に辛い黄色の唐辛子を使っているので、名前の通り「大汗」をかきながらいただきました。四川料理は大きく成都料理と重慶料理に分かれますが、その違いは菜根香の黄料理長によると、激辛・激ピリの重慶料理に対して、観光客の多い成都料理はマイルドな辛さが特徴だということですが、いやいや、この「大汗魚頭」は十分に辛かったです。
研修先も含めると、7軒のレストランに入ったのですが、どこの店も個室以外はカメラ、ビデオは使用禁止で、メニューをほしいといってもくれません。メニューの管理が大変厳しく、紛失するとホールの責任者が減給処分を受けます。ある店では売ってくれたのですが、なんと600元(約7800円)。当地の平均月収の1/3〜1/2にもあたるという驚きの価格でした。 |
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料理は一品ずつ順番に、なんてことはしません。一度にどっと全部でてきます。途中御飯もでますが、あとはデザートが少し遅れてでてくるのです。四川料理というと日本だと10品中3品くらい辛い料理ですが、ここは本場、10品中8品が辛い料理です。結構汗をかきながら食べました。唐辛子や山椒のしっかりきいた料理が約4日間続きました。毎回ほぼ満腹状態の食事をこんなに続けると体調は当然おかしくなる、と思いきや、すごく体が軽く感じるのです。辛い料理は新陳代謝が促されるからかしらと思いました。
食べ歩きの最後はホテルの裏の「錦江飯店」。飯店はホテルを指す時もあるのですが、ここはごく普通の小さな食堂です。
1階はテーブル1つに調理場、鍋を振るコンロは2つだけ、一歩足を踏み入れるなり、油と汚れが糊のようになって足は床に張り付き、一人しか通れない狭い階段はしなっていて上るとミシッといい、もう少し力を入れると間違いなく折れます。壁もベタベタで、案内された2階の部屋に入った瞬間悟りました。「この店は傾いている」。これ経営がではなく、建物がです。窓側に向かって確実に傾き、歩くだけで震度4状態。少し不安に感じながら料理を注文。ところが、出てくる料理がすごくおいしいのです。他の有名店に引けを取らない程おいしい料理が出てきました。この店で、このレベルというのはすごいと思いました。満足して店を出て振り返ると、店の主人が外から2階を見上げていました。
「まだいけるやろ。」そんな風に考えているに違いありません。この街は唐辛子や山椒と同じくらい、刺激が一杯です。私は密かに決心していました。近い内にもう一度ここへ来て、「またはじけるぐらい食べ尽くそう」と。 |
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さて、今回ご紹介する料理は「什錦火鍋(四川風寄せ鍋)」です。成都を立つ前日、研修も終わり、ややリラックスして市内観光をしたのですが、昼食にぜひこの地の鍋料理を食べたいという事で「三只耳(3つの耳)」という名前の店に行きました。3つの耳とは「聶(ニエ)」、この店の創始者の名字でした。 |
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席に着くと、スープの味付けと具材等を選びます。鍋が運ばれてくるまで簡単な前菜と点心で間をつなぎ、待つこと十数分。2つの鍋がきました。ひとつは真っ赤なスープ、もうひとつはややどす黒いスープの入ったものです。各人の取り碗にはニンニクと青葱のみじん切り、そして煎ってから水で戻したと思われる大豆が入っていました。鍋に火をつけると、「一煮立ちするまでは手をつけるな。」との話。はて、と思ったが、言われるまま待つこと数分。なんとスープの中には鯉が入っており、一煮立ちすると丁度よい火の通り。
ここでまず鯉を食べ、それから他の具材を入れるというやり方なのです。なるほど、鯉は柔らかい口当たりです。この店はつけダレがあるのではなく、先程の取り碗にスープと煮えた肉や野菜を入れ、そのまま食べるスタイルなのです。確かに辛いのですが、味はよいと思いながら夢中で食べていると、同じグループのもうひとつのテーブルで食べていた方が、私の方へやって来て一言「あー、辛い」。そんなに言う程では?と思いましたが、あちらのテーブルを見ると、さっきちらっと見えたどす黒いスープの入った鍋があるではありませんか。こちらの鍋は真っ赤なスープ。私が辛いと思って食べたのは、言ってみれば並クラス、もうひとつの方は超激辛だったのです。
このまま何も知らないふりをして帰ろうかとも思いましたが、やはり食べなければわからない。ということで、もう一方の鍋の味見を。で飲んでみると、「何じゃこりゃー」と叫ぶ前に激しい痛みが喉を突き抜けました。成都で刻んだ味の記憶の中でも、この鍋の辛さは超ド級でありました。四川恐るべし。 |
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この鍋はその記憶を元に作ったのですが、具材は四川のものとは若干異なり、比較的揃えやすいものでまとめてみました。スープの味は真っ赤なスープの並クラスぐらい、取り碗に入れた煎った大豆が意外なおいしさです。「本場の超ド級の辛さを試してみたい。」という方は豆瓣醤の分量を増やし、ラー油を加えてみてください。尚、その後のことに関しましては、当方は一切の責任を負いかねますので、あしからず。 |
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