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「羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く」
熱い吸い物で火傷した人がそれにこりて、膾(なます)や韲物(あえもの)のような冷たい料理も吹いてさます意から、一度の失敗にこりて、必要以上の用心をするたとえ。 |
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なんと難しい、日頃は使い慣れない漢字が並んでいることわざである。
「羹」は「あつもの」と呼び、「熱い物」の意味で、野菜を煮た吸物を指すとされている。魚肉を使った場合は「」という字を用いるが、こちらも訓読みでは「あつもの」と読む。これらは、いわゆる茶懐石などに用いられる「煮物椀」のようなものと考えられる。また、「羹」は「うどん」を指す女房詞(宮中に仕えた女性が用いた言葉)でもある。「羹」という漢字は羊に美しいと書くが、これは、「まる煮した子羊」+「美味しい」という意味だそうだ。 |
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ちなみに、この「羹」という文字を使った言葉に「羊羹(ようかん)」がある。「羊羹」という漢字を文字通り解釈すると「羊の肉を使った煮物椀」ということになるが、我々が知っている「羊羹」は、棹物菓子(羊羹、ういろうなど、細長く棒状をしている和菓子の総称。練った材料を棹などに流してかためるところからの名)の一種で、決して熱くないし、羊の肉も入っていない。なぜこの漢字が使われているのだろうか? |
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いくつかの書物を紐解いてみると、そもそも「羊羹」とは、羊肝の羹(あつもの)を原形とするものである、となっている。昔、中国で羊肉に黒砂糖を混ぜて作っており、古くは禅宗文化とともに渡来したが、日本では肉類の使用が禁じられていたため、羊肝餅といって小豆を主原料として羊の肝の形につくって蒸し、汁に入れて供され、仏前にもお供えした。後に、蒸し物のまま茶菓子として供されるようになったのが蒸し羊羹の始まりで、今日ふつうに見られる、砂糖を加えた餡(あん)に寒天を混ぜて煮つめた練り羊羹は、安土桃山時代(一説には江戸時代)につくられたのだということである。(参考資料:小学館『国語大辞典』『日本語源大辞典』光琳社出版『日本料理語源集』)。 |
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「なます」の方は、同じく小学館『国語大辞典』によると「魚貝や獣などの生肉を細かく切ったもの」、「魚・貝・肉・野菜などをきざんで、二杯酢・酢みそ・いり酒などで調味した料理」と書かれている。『日本語源大辞典』で語源を調べると、(1)ナマスキ(生切)の略か。(2)ナマスキ(生聶)の義。(3)ナマシ(生肉)の転呼で、ナマは生、スはシ(肉)の転。(4)ナマス(生酢)の義、とある。(2)の聶は、削り取る、そぐ、はぐの意味だ。「なます」という漢字は「膾」と「鱠」と書く場合があり、「膾」という漢字を使う場合、材料に野菜や乾物などの精進物を使った料理を指し、「鱠」という漢字を使う場合、主材料に魚貝類を使った料理を指すといわれている。 |
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現在の日本料理店で提供される献立の中に「羹」や「膾」という文字を見かけることはあまりない。まれに、寒い時期に会席料理の献立の中に「温物」と書いて「あつもの」と読ませ、蒸し物や小鍋仕立てなど温かい料理にして供することがあるが、『日本国語大辞典』によると「温物」は本来「うんもつ」とか「うんぶつ」と読み、「あたたかい食べ物。または、胃をあたためる効能のある食品」という意味に使われるものであるから、これは「羹」とはやや異なる。また、懐石(かいせき)では、「向付(むこうづけ)」として「膾」を最初に出す膳の中央より向こうにつけるように膳組みして供されるが、最近では膾の代わりに「お造り」を用いることが多いようである。
ところで、「会席」料理と「懐石」の違いをご存知であろうか。「会席料理」とは、忘年会や新年会のような寄り合いの酒席で供される料理である。一方「懐石」とは、茶の湯の際に出される簡単な料理で、茶懐石(ちゃかいせき)とも呼ばれる。昔、禅寺では1日に2回しか食事がなく、腹の減った僧が、「温石(おんじゃく)」と言って温めた石ころを懐に入れて空腹をしのいだといわれ、そこから、懐に「温石」を入れるのと同じ程度に空腹をしのげる食事、という意味で「懐石」と名づけられたとされている。空腹によってカフェインの影響を受けることなくお茶を味わえるように、という配慮から供された料理である。 |
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