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今回はコーヒー本の紹介です。最近では、コーヒーを扱ったウエッブ・サイトが増え、簡単な情報なら、かつてのように雑誌や本にまであたる必要も少なくなっています。しかし、まとまった知識を得ようとすれば、まだまだ本の威力は絶大。ネットでは求められない確度の高い高品質の情報も手に入れることができます。
ここでは、とりあえず調べものをするときに利用し、コーヒーの基礎文献と自分勝手に思い込んでいる一群の書籍を紹介します。紹介者としては無責任な話ですが、適宜、部分的に利用しているものがほとんど。全体を通して読んだ本はあまりありません。全部読めば、ものすごいコーヒー知識人になれると思うのだけれど・・・。
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■総合知識本
『オール・アバウト・コーヒー(All About Coffee)』
ウイリアム・H・ユーカーズ(Ukers)著
バイブルに譬えられる偉大なコーヒーの知の集大成。といっても、最終第2版の刊行が1935年(初版は1925年刊)なので、それ以前の「知」ですけれど。内容は、歴史、技術(産地事情・焙煎)、科学(植物学・化学・医学)、流通(アメリカ流通史、生産・消費、広告史)、社会(飲用習慣・提供法・器具)、芸術。B5判、818ページもの大著。記述は詳細で、かつ膨大な文献を渉猟してまとめているので情報の確度も高い。質・量ともに空前絶後のコーヒー本で、よくぞここまで、と頭が下がります。歴史、社会、芸術のジャンルに関しては、今でも最も利用価値の高い基礎文献だと思います。ぜひに、とは勧めませんが、手近にあると何となく安心できるかも。日本語訳も出版されています(UCC上島珈琲株式会社訳、TBSブリタニカ、第2版を訳出。写真左)。立派な仕事だとは思いますが、引用文の変な擬古文体はいかがなものかと・・・・。現在でも入手可能のようです(税込み30000円)。原著(写真右)は古本市場に時々出ます。1976年の復刻版が比較的安価で入手も容易。 |
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『コーヒーの歴史(Histoire du Caf)』
アンリ・ヴェルテール(Welter)著
小オール・アバウト・コーヒーといった内容で、19世紀半ばのヨーロッパ(フランス)のコーヒー事情を知るには格好の書物(1868年刊)。特に歴史、産地事情、科学、焙煎・抽出技術等が詳しく扱われ、19世紀のコーヒー事情が俯瞰できます。さらにオール・アバウト・コーヒーと比較することで、19世紀半ばから20世紀前半にかけてのコーヒーの栽培・技術の変遷をたどるのに重宝しています。出典、仮説の出自がほとんどすべて明らかにされ、ありがちな怪しい記述が見られない、見事なまでに実証的な精神によって貫かれた本です。代用コーヒーに関する部分が全体の1/4ほどあって、当時、困っていたのはわかりますが、今日的に見ると書籍としてのバランスを崩している感じなのが、唯一のキズ。 |
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『新奇なるコーヒー、茶、チョコレートに関する概論(Traitez Nouveaux et curieux du Caf, du Th et du Chocolate)』
フィリップ・シルヴェストル・デュフール(Dufour)著
ヨーロッパへのコーヒー導入初期のコーヒー本の中でも、とりわけ頻繁に引用される17世紀のコーヒー研究の最も重要な基礎資料(初版は1685年刊)。3大飲料のすべてを扱っていますが、コーヒーに関する記述が全体の半分。内容はイスラム圏でのコーヒーの飲用史・伝説、植物特性、焙煎・抽出法、医学的効用。医学的効用に関する記述がその約半分を占めます。17世紀のコーヒー関係の文献としては、もっとも内容豊富。それにしても、あまりに引用される機会が多く、読まなくても内容がわかってしまうほど。 |
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■カフェ、コーヒー・ハウス
『カフェとコーヒー人の歴史(Histoire des Cafs et des Cafetiers)』
ジャン・クロード・ボローニュ(Bologne)著、Larousse刊
カフェとカフェに集まった人々(カフェ店主も含め)をテーマにした書物は多く、特にフランスではコーヒー関係の書籍の大半はカフェ(店)を扱ったものです。中でもこの本は質・量ともに他を圧しています。絵画、イラスト、カリカチュア等の図版資料も充実。歴史を編年体で追った流れと、テーマ別の構成が錯綜していて、少し内容がつかみ辛いのと、フランスのカフェの比重が高すぎるのが難点か。 |
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『文学カフェ』
菊盛英夫著(中公新書)
1980年刊。かなり以前の本ですが、カフェ(&コーヒーハウス)の歴史に関する日本の書籍では、これが最もよくまとまっています。どのカフェにどんな有名人が出入りしていたかを細かく書いていて、リストとして利用するにはとても便利ですが、カフェと人とのより深い関わり、カフェの空気が伝わってこない感じ。新書という容れ物の制約はあると思いますが。 |
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■コーヒー史
『珈琲遍歴』
奥山儀八郎著(旭屋出版刊)
版画家・奥山儀八郎が江戸・明治の文献を渉猟してまとめた、江戸期から明治・大正にかけての日本人のコーヒーとの接触と導入の歴史。膨大な文献の研究を背景にした仕事で、日本コーヒー史を扱った書籍で内容・規模ともにこれに比肩するものは思いあたりません。初版は1973年に限定出版。手元にある1984年の新装版には「日本珈琲文献小成」と題する江戸・明治期のコーヒー関係の文献資料の抜き書が付されていて、孫引きにも便利。 |
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『ブラジルコーヒーの歴史』
堀部洋生著
1973年刊。ブラジルに35年在住した日系の銀行マン堀部氏が、ブラジル日系社会の後援で刊行した大著。ブラジルのコーヒー史と発刊当時のコーヒー事情を、経済、社会情勢、栽培、流通などオール・アバウト・コーヒーに匹敵する多様な視点から描いています。ブラジルの地方史、現代史も詳細で、統計資料も豊富。すさまじい力作です。当初は業界関係への贈呈だったような記憶があります。現在はいなほ書房が復刊しているはず。 |
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■植物学、栽培、産地事情
『コーヒー(Coffee)』
ゴードン・リグレイ(Wrigley)著
歴史、植物学、栽培、消費・取引などコーヒーの総合知識を扱った本ですが、著者が植物学の専門家であるため、植物学、栽培関係の部分が特に充実、最近のコーヒーの科学論文・書籍に参考文献として必ず挙げられる植物学・栽培の基本文献になっています。栽培の伝播の歴史も新味はないけれど、様々な文献から集めてうまくまとめて上げています。1988年の刊行で、少し情報は古くなってきている感じ。 |
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『世界のコーヒー生産国』
全日本コーヒー協会編集
世界のコーヒー生産国の栽培事情、格付け、流通経路等を生産国別に紹介した本。全日本コーヒー協会が5周年記念事業として刊行(1985年)したもので、取り上げている国は40カ国(含ICO非加盟国)に及び、日本で流通しているコーヒーのほとんどすべてが網羅されています。刊行当時は(現在も)、ここまで詳しく産地情報を紹介したものはなかったので、刊行時さすが全日本コーヒー協会の仕事と感心させられました(会員等に配布したものでたぶん無料だったはず)。本自体の情報は古くなりましたが、新しい情報を含め内容を変えて「世界のコーヒー生産国状況」というタイトルのDVDになっています。生豆の勉強をするなら、ぜひ手に入れたいDVD。 |
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■辞典
『コーヒー小辞典』
伊藤博著
1985年刊。もはや絶版になってしまいましたが、日本語のコーヒー辞典としてはこれにまさるものはないと思います。いまでも調べ物の際に最も頻繁に利用します。著者の伊藤博氏は日本のコーヒー研究の第一人者。昨年他界されました。小さな辞典ですが、各語の厳密な定義と客観的かつ簡潔な表現は、その名に恥じない立派な仕事。 |
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■技術書
『珈琲大全』
田口護著(NHK出版)
生豆の品質評価から抽出まで、消費国内での全加工工程(=コーヒー技術)を解説した技術書。日本のみならず、欧米の本でもこれほど綿密にコーヒー技術を扱った本は見たことがありません。特に、焙煎に技術の客観的分析と詳細な記述は圧巻。また、ばらばらになりがちな生豆から抽出にいたる論理の一貫性も見事。コーヒー技術に関する最も信頼できる基本文献でしょう。 |
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■書誌・文献解題
『コーヒー−書誌Coffee−A Bibliography』
リチャード・フォン・ヒュナースドルフ(Hunersdorff)、ホルガー・G.ハゼンカンプ(Hasenkamp)編
とにかく凄い、とにかく厚い、とにかく重い。2巻計で1688ページ、ほぼ9kgあります。古今のコーヒー関係の印刷物15000点の目録と解題。じつは購入したばかりで、ざっと目を通しただけですが、少し、英語・ドイツ語文献偏重かなという気がします(各文献の解題の分量からすると)。ちなみに日本語の文献はたぶん無視。だからといって価値が減じるわけでもありませんが・・。眺めていると、コーヒーの知識なんてどうでもいいんじゃないの、という気にもなってきます。コーヒー・オタクになりたい人は蒐集のお供に、どうぞ。 |
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