秋から冬にかけてヨーロッパは狩猟のシーズンです。この時期にしか食べられない鹿、のうさぎ、きじ、やまうずら、あるいはいのししなどの料理がレストランのメニューに登場します。狩猟の対象となる野生動物のことをフランス語でジビエといい、大きく鳥と獣に分けられます。鳥には先に挙げたものの他に、まがも、やましぎ、つぐみ、らいちょうなどがあり、獣の方は、大型のもの(鹿、いのししなど)と小型のもの(のうさぎ、あなうさぎなど)に分けることができます。大型の獣は肉の色が黒っぽいのが特徴です。 |
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私が生まれて始めて鹿肉を食べたのはリヨンの近くにある辻調グループ フランス校の生徒の時でした。空一面が厚い灰色の雲で覆われ、太陽を見ることのない日々の続く真冬の1月のこと。それは、シュヴルイユと呼ばれるフランスで一般的な鹿、ノロ鹿でした。体長1m、重さ30kgくらいの小型のもので、日本には生息していない種類のようです。長さ60cmほどの骨つき背肉の塊は、見慣れた牛肉と比べると、色が黒く、血を感じさせる独特のにおいがしていました。 |
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この鹿肉を「グラン・ヴヌール風」という、19世紀中頃からある、鹿肉ではもっとも代表的でオーソドックスな料理にして味わいました。どのような調理法かといいますと、鹿肉をそのくず肉、筋とともに赤ワイン、コニャック、香味野菜、スパイス類などで一晩マリネした後、肉を取り出してソテします。漬け汁の方には新たに赤ワイン、ジビエの出し汁等を加えてとろみがつくまで煮て、黒粒こしょう、グロゼイユ(レッドカラント)のジュレ、生クリームで仕上げてソースにします。つけ合わせは秋の素材の栗や根セロリのピューレでした。
この初体験の感想は、今まで食べたことのない肉の味で、少しくさみがあり、正直言ってあまり自分の好みではありませんでした。フランス人はこういうものも食べるのだなぁ、と感じたことを今でも覚えています。ちなみにグラン・ヴヌールは、「王国狩猟頭」という意味で、狩りが王侯貴族の特権だった時代を思いおこさせる名前でもあります。 |
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最近はフランスでも、鹿肉は料理しやすいように解体されて、必要な部位が真空パックになったものが入荷します。そのためフランス校では、フランス人のシェフが特別に1頭丸ごとの鹿を学生の目の前で皮をはがして解体していく過程をみせてくれます。この鹿はシェフ自らが近隣の野山で撃ってきたもの。さすが、国民およそ30人に1人はハンターといわれるお国がらでしょうか。この小鹿は見事に急所が打ち抜かれていました。シェフの狩りの腕前も確かなものです。急所からはずれると肉自体に血が回って味に影響が出るそうです。 |
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学生たちは始めは「かわいそう!」と言って逃げ腰でしたが、皮がはがされた後は、興味津々というまなざしで手際よく解体されていく様子に見入っていました。最後には、毛皮を欲しがったり、ひずめの部分をもらって乾燥させて飾りにしている学生もいました。私も研修先のレストランで、のうさぎのしっぽの皮は幸運を呼ぶと教えられて飾りにしていたことがあります。 |
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さて、日本の家庭で鹿肉を使った料理を作ろうとするとかなり難しくなりますから、ここでは、牛肉、それも脂身がなく柔らかいフィレ肉を使い、スパイスの入ったマリナードで漬け込むことによって風味を増して鹿肉の味わいを出す料理をご紹介しましょう。牛のフィレ肉を塊で用意したり、ワインをたっぷり1本使ったり、調理法も少し手が込んでいて時間もかかりますが、大きなお祝いごとなどの行事のある時、または何かの記念日などの食卓では充分に映えるごちそうとなりますので、ぜひ挑戦してみてください。 |
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