フランスに菓子留学する目的意識
辻調グループ校には上級校としてフランス校があり、
1980年に開校して40年以上、これまで多くの卒業生を輩出している。
最大の特徴は約10か月に渡ってフランスに滞在し、
前半はフランス校で専任の先生(フランス人シェフ)と多くの外来講師から学び、
後半はフランス各地のパティスリーやレストランで実地研修をおこなう点である。
実際フランス校に憧れて辻製菓専門学校に入学する学生は多い。
入学前、入学後に限らず話の中でよく相談が寄せられるのは、
卒業後すぐフランス校に行ったほうがよいのか、
何年か日本で働いて技術をつけてから行ったほうがよいのかという点。
答えは大抵の場合
「行きたいという気持ちが強いのなら、保護者の方からお許しを得て今行ったほうがいいと思うよ」
とアドバイスする。
確かに実地研修に出ると、それまでのキャリアの違いで担当する仕事内容が異なることはあろうかと思う。
でも若いからこそ新しい発見が多く、この10か月のフランス滞在の中で、
"一生の宝物"となるものをたくさん得ることはできるはず。
それを可能にするためには、フランスに行って何を学ぶのかという目的意識をしっかり持つことが重要だ。
フランス校では5か月間の学びの集大成として、コース料理を披露する食事会を実施している。
製菓研究課程の研究生(フランス校生のこと)はそのデザートを担当する。
もうかなり昔になるが、私が勤務していた時代にこんなことがあった。
メニューを決定する前段階で、
担当する研究生たちが製菓フランス人シェフにメニューの構想を伝える機会があり、私も同席した。
あるフルーツをメインの食材として使い、生地やクリームの構成と断面図をシェフに示したところ、
「ところで君たちはフランスに来てからそのフルーツを食べたことがあるのか?」との質問に対して
「いいえ、フランスではありません。」と答えた。
シェフは一呼吸おいてから「食材の味を知らずして味の完成イメージをどうやって作るのか?」と問いただし、
「これを作りたいならまずは食材自体を食べてみること。」と伝え、打合せは早々に終了してしまった。
ワインに例えると、ぶどうの品種が同じであっても土壌や天候が異なれば、
出来上がるワインは全然違う味になるし、作り手によっても特徴が出るわけで、
シェフの言っていたことはもっともな話だ。
そのときグループ校創設者の辻静雄先生の言葉を思い出した。
1977年に出版された「ヨーロッパのデザート」の中で、
「私が私の学校で生徒に教える先生たちに口をすっぱくしてくりかえし言いきかせていることは、
外国で外国人の書いたお菓子の本のつくり方を鵜呑みにするなということである。
バターも何もかも味が違うのだから気をつけろということ(以下省略)」と述べている。
フランスに行って何を学ぶかという目的意識は、私なりの考えを記すと、
最新のレシピやテクニックを習得することだけではなく、
同じ食材でも日本のものとは香りや味わいが異なることを感じ取り、
それがフランス菓子を構成する生地やクリームにどのようにいかされているのかを考えること。
その食材の産地がどこでどんな風土なのかを知れば、特色のある地方菓子の理解にもつながっていく。
そしてお菓子だけでなく数多くの料理やその食材に接し、
パン、チーズ、ワインなども含めフランスの食文化にどっぷり浸かって生活することで、
"日本におけるフランス菓子"ではなく、
これまでフランス人が培ってきたフランス菓子の本質が見えてくるように思う。
一見ハードルが高いようにも思えるが、
フランス校はこれらのことが授業や生活を通じて学べる最高の環境だと思っている。
フランスでの留学は少なからず不安があると思うが、
前半は友人でありライバルでもある研究生たちと切磋琢磨し、
後半はフランスの実際のお店の一員として研修することで自信となり、
人間的にも大きく成長したと感じる10か月間になると確信している。
※本文中の写真は2022年春コースの様子を撮影したものになります。
<出典>ヨーロッパのデザート 辻静雄 監修 ルネ・デュリー、川北末一 著 鎌倉書房
~プロフィール~
辻製菓専門学校 洋菓子担当
瀬戸山 明夫
一級菓子製造技能士 職業訓練指導員
辻調グループフランス校に2度、計3年半にわたり勤務
辻調グループ フランス校│辻調グループ - 食のプロを育てる学校 (tsuji.ac.jp)