子羊料理に魅せられて ~1年生の調理理論授業より~
はじめて出会った羊肉は、小さいころ知らずに食べた「マトン」だったと思います。
お世辞にもおいしいとは感じなかったそれが、日本でも地域によってはよく食べられると知ったのは、
随分あとになってからのことです。
辻調に進学して料理を学び始めると、フランスで子羊は牛肉よりも高級な食材らしく、
学生時代最後の西洋料理実習は「子羊キャレの香草風味焼き」でした。
こちらが「子羊キャレの香草風味焼き」。
~作り方~
子羊キャレ※1から背骨を取り除き、残したあばら骨の先端をむき出しにして柄のように下処理する。
フライパンを熱し、塊のまま脂を溶かし出すように表面全体を焼く。
脂身の面にマスタードを塗り、パン粉にパセリとにんにくのみじん切りを混ぜ合わせたものをまぶし付け、オーブン皿に移す。
小さく切った背骨、香味材料と共にオーブンに入れて火を通す。
肉を取り出したオーブン皿の脂を捨て、白ワインを注いで肉のうま味を溶かす。
鶏の出し汁を加えてしばらく煮てから漉し、味を調えてソースにする。
衣をはがさないように肉を切り分け、お皿に盛りつけてソースを添える。
※1...キャレとは正方形という意味のフランス語。
子羊の骨付き背肉という部位の形が正方形に近いことから、そのように呼ばれる。
これが子羊のキャレ。あばら側なので、たくさんの骨が見えています。
骨付きの塊肉に火を通すのは初めてのことですから、どうなったら中まで火が通っているのかまったく想像がつきません。
先生に助けを請うと、「赤身部分の中央を指で押し、肉の弾力を確かめる」よう言われました。
実習グループみんなで押してはみるものの、全員が頭の上に「?」が飛んでいます。
盛りつけて試食を始めると、先ほどとは別の先生がやってきて
「食べられるけれど、その状態では少し加熱が足らない」と言われてしまいました。
初めての子羊料理は失敗だったけれど、おかげで今でもはっきりと思い出すことができます。
働き始めてとりこになったのが「ナヴァラン※2」と呼ばれる子羊の煮込みです。
切り分けた子羊肉の表面を焼き、玉ねぎ、にんにく、トマトと共に水で煮るだけという超簡単な料理ですが、
出し汁を使わない分、作り手の力量によって仕上がりのおいしさに差が出ます。
フランス滞在時は90人前のナヴァランを1人で作ったこともありますし、
骨付きの肩肉で作ることが多かったため、骨の外し方にもすっかり慣れました。
※2...子羊の煮込みには季節の野菜を加えることが多く、
そのうちの1つである蕪(フランス語でナヴェ navet )に由来するとの説がある。
現在と違い、当時、日本で出会う子羊は独特のにおいがあり、好みの分かれる食材の1つでしたが、
フランスで出会った子羊肉、子羊料理でにおいの気になったものはありませんでした。
それどころか、有名なプレ・サレ※3や、早春にしか出会えない乳飲み子羊など、
各地においしい子羊と料理があったため、レストランに食べ歩きに行くと子羊料理ばかり注文していました。
その積み重ねがやがて、
フランス料理の料理人として、自分なりの子羊料理を表現できるようになりたいという目標に変わっていきました。
※3...ブルターニュ地方などの海辺の牧場で肥育された子羊のこと。
塩と磯の香りがついた牧草を食べて育つため、その風味が肉にもつくといわれる。
以前のブログで料理コンクールを取り上げましたが、
その時のレシピの1つが「子羊ノワゼットの香草包み オレンジの香りのエイグル・ドゥ・ソース」です。
ノワと呼ばれる中心の赤身肉を最適に調理することや、骨や筋を使って出し汁を作ることはもちろん、
使われることの少ない脂身の部分をおいしく召し上がっていただく工夫もしました。
ソースはドゥ=甘い、エイグル=酸っぱいという意味の古典ソースをベースに、
オレンジを中心にした様々なハーブ、スパイスで香りを重層化しています。
また、煮込み料理ナヴァランやキャレの香草風味焼きも、自分なりの表現で料理にする機会がありました。
自分なりに表現した「子羊キャレの香草風味焼き」。
自分なりに表現した「ナヴァラン」。
「好きこそものの上手なれ」という言葉に恥じぬよう、
授業でも学生のみなさんに子羊料理をおいしく作る方法を教え、その飛び切りのおいしさを味わって学んでもらっています。
高岡 和也