【キャリアガイダンス】キャリアセンター 副センター長・桐原 清武先生インタビュー(2月号)
リクルート発行「キャリアガイダンス」2月号にて、
辻調理師専門学校 高度調理技術マネジメント学科(3年制)の
インタビューが掲載されました。
●キャリアセンター 副センター長 桐原 清武
●1期生 松田 愛
●1期生 竹内 光輝
キャリアセンターの桐原先生からみて、高度調理技術マネジメント学科のポイントは何だと思われますか。
桐原: さまざまなポイントがありますが、特徴的なものは2つだと思います。
1つは「クラスに競争があること」。学校って、「公平に平等に、みんなで一緒に」というイメージがあると思いますが、この学科では個人の差を隠しません。もちろん、教育はすべての学生に余すことなく提供しますよ。ここに差があってはなりませんからね。ですが、同じ教育を提供しても、個々の理解力や努力によって、受け取る側の学生の実力に差が出てきます。この学科では、この差を思いっきり公開するんです。たとえば、そこの廊下の壁には、学生の作ったオムレツの写真が、全員分貼り出してありますよね。こんなふうに貼り出されたら、クラスメイト、先生、他学科の学生、みんなに見られます。当然"比較"されるし、"ダメだし"もされる。こうなると、学生同士はクラスメイトを、仲間でもあると同時にライバルでもある...と、認識するようになります。
ライバル同士で切磋琢磨し合える環境なんですね。
でも、なかなか力が伸びない学生を切り捨てるようなことにならないか、少し心配です。
桐原: それについては、充分配慮しています。料理は一人ではなく、チームで作ります。自分が得意な部分は他のメンバーに教えて、自分が不得意な部分は他のメンバーから学ぶ、といったことをしないと、チームとして良い料理は完成しません。何度もチームで料理を作ることを通して、彼らが「競争するということは協同すること」という点に、意図的に気付くような仕組みを構築しています。
協同の大切さを教え込むのではなく、気付くようにうながすわけですね。
桐原: そうです。人はみんなそうですけど、「覚えろ!」と言われたことはすぐに忘れますが、自ら「そういうことか!」と気付いたことは忘れません。協調性の習得とか、コミュニケーション能力の必要性とか、難しい言葉を教えるのではなくて、「周りとうまくやることは大切なことなんだ」と気付かせる仕組みを作っているんです。
一昔前は「料理がうまけりゃ、協調性なんて二の次」といった時代もありましたが、今もこれからも、そんな料理人は必要とされません。規模の大小はあっても、何かしら組織に入る限り、周囲との調和は必須です。そんな力を、クラスでの経験と気付きから着実に身につけていただきたいと思っています。
「気付かせる」という教育を行うのは、難しいのではありませんか。
桐原: そうです。一番学習しないといけないのは、実は教員側です。その中でも"教える技術"を鍛えなきゃならない。「答えを教えない教育」は、教える技術を持った教員が行ってこそ成り立ちます。でなきゃ、学びを学生に丸投げすることになりますからね。本校では、教える技術であるインストラクショナルデザインを、教員教育(FD)としてすでに進めています。
次は、高度調理技術マネジメント学科の2つめのポイントについて教えていただけますか。
桐原: はい。もう1つのポイントは、「科目を横断したカリキュラム構成」です。
従来のカリキュラムでは、学生が効率的・効果的に授業を受けているとは言いきれないところがありました。というのも、和・洋・中それぞれに授業の進め方があるので、学生は科目が変わるたび、学習の仕方も変えなければならなかったんです。もっと効率的・効果的に知識・技術を習得するためには、どうすれば良いのか。私たちは、まず「学習とは?」そして「学習の仕方とは?」を学んでもらう必要がある、と考えました。
具体的に、どのようなカリキュラムにされたのでしょうか。
桐原: 本学科のカリキュラムは、異なる科目に対しても、統一したテーマをもたせる授業構成にしています。たとえば、今週は和・洋・中とも同じ食材を使って授業を行う。学生は、「同じ食材でも、和・洋・中で考え方も扱い方も異なるんだな」ということを学ぶ。そのうち、「では和の考え方を洋でやるには?」とか「この部分は料理ジャンルが違っても共通しているんだな」とか、そんな視点で授業を受けるようになるわけです。もっと高度になると、週のテーマを「液体」にして、そのことは学生には明かしません。日本料理の授業では、うま味成分を水という媒体を使って抽出する「出汁」を学び、西洋料理の授業では、出汁にあたるものを使い分けてさらに煮詰めることでうま味を凝縮させることを学び、中国料理の授業では、出汁に対して油や調味料を加えてそのままスープとして提供することを学ぶ。学生は、一週間をふりかえって、「和・洋・中とも、液体をどのように使うかを知る授業だったんだな」と気付くわけです。
学生が自ら気付いて学んでいくんですね。
それが「学習の仕方を学ぶ」ということなのでしょうか。
桐原: そうですね。言われたことをやったり覚えたりするのは、学習ではなくてただの暗記です。先生が言葉にしていないことに気付き、新たな疑問や課題をもち、それを「解決したい」「もっと学びたい」と思うこと。そのような探究心を育むのが、本来の学習だと思います。自ら学びたい事柄を見つけて、その学びを深めたいと学生自身が思うこと。それが、私たちのいう「学習の仕方」です。
高度調理技術マネジメント学科のキャリアサポートの特長を教えていただけますか。
桐原: おそらく、どこの学校でもキャリアサポートはしておられると思います。しかし、いずれも、「先生、私はここに就職したいです」「わかった。じゃあ履歴書を添削しよう。面接の練習もしておこう」...と、学生に背伸びさせて内定に導く方法が多いのではないでしょうか。しかし、就職前に背伸びをすると、就職後に息切れしてしまうケースが多いんです。 そこで本学科では、まず学生を多方面から見立てることから始めました。「この学生は、どんな場面になるとコケて、どんな場面だったら粘るのか。何をされたらへそを曲げて、何を言われたらモチベーションが上がるのか。どんな教え方が一番合っているのか」など。教員は学生をいろんな方向から見立てて、同時に、学生自身も自分と向き合って、価値観や行動スタイルを徹底的に分析するんです。
具体的には、どのようにして分析を行うのでしょうか。
桐原: 学生は、2年次から「キャリア形成実習」に参加します。(キャリア形成実習とは、学生の関心や個性に応じて、実習先や実習内容を変えるユニークな実習です)。学生たちは、このキャリア形成実習に向けて、自己分析を行うんです。その内容とは、自分に関する20項目の質問に対して、課題シート(別名言語化シート)に回答を書き出す、というもの。作業を始めると、学生はいかに自身のキャリアについて真剣に考えていないか、目先のことしか見えていないかを痛感します。そして何より、「言葉にできない自分」に苦しむんです。しかし、シートを提出しないとキャリア形成実習に参加できない。だから、悩んで迷って、書いて書きなおして、を繰り返す。そうやって出てきた言葉は、その学生が心の底から思っていることであり、望んでいることなんですね。背伸びをしていない等身大の自分は、何を求めていて、何を考えているのか。シートの作成を通して、それが明らかになっていきます。
とても大変な作業のように感じられますが...。
桐原: 大変ですよ。〆切2週間の宿題として提示すると、学生の反応は「え~!」でした(笑)。でも、「納期の無い仕事なんかあるかい!」の一蹴りでやってもらいました。私はひそかに「できたのはクラスの半数ぐらいかな」と予想していたのですが、〆切日に「今日提出できる人は手を挙げて」と言うと全員が手を挙げたのは驚きましたし、感動しました。提出されたシートの内容も、この間まで高校生だった彼らが、入学してたった3カ月の時点で書き上げたものとしては、立派なものでした。
ところで、宿題を出したとき、ある学生が「回答例を教えてほしい」って言ったんです。僕は「なるほどねぇ、難しいもんねぇ。でもダメ!教えない」って答えました。1年制や2年制の学科だったら、迷わず回答例を入れたでしょうね。しかし、3年制の技術到達目標のひとつは「レシピを創出すること」です。つまり、レシピが山ほどある時代に、彼らは新たなレシピを創らなきゃいけないんです。レシピを渡される側ではなく、渡す側の人にならなきゃいけないんです。1つでも回答例を入れた途端に、それはもうレシピを渡されたことになるんですよ。だから、回答例なしで挑戦してもらいました。
提出されたシートは、すべて教員により添削。
ただし、答えを書くことはなく、学生自身が考えることができるよう促すようにしている。
キャリア形成実習の実習先は、どのように決めるのでしょうか。
桐原: 学校は、シートの作成を通して導き出された学生の"本音"に応じて、それに最もフィットする実習先を用意します。ある男子学生のシートを紹介しましょう。目標のところを見てください。彼は最終的に「生産者と密に繋がり、信頼関係を大切にする料理人になる」という回答にたどり着きました。このように目標が明確になると、学校は、その目標に合わせた経験ができる実習先を準備します。そして、彼自身はその実習先で「どうやって生産者とつながっているのか」「どうやって信頼関係を築くのか」を探り、検証する。そんな理想的な実習ができるわけです。
普通のインターンシップとは違う経験が得られそうですね。
桐原: キャリア形成実習は、一般的なインターンシップとは大きく異なります。
インターンシップに参加して、実社会を少しでも体験することは、大きな意義があると思います。でも、インターンシップでは、学生が"お客さん扱い"のまま終わってしまうケースも少なくないんです。学生を受け入れる実習先からすると、事前にどんな学生が来るか分からず、何を教えればいいか分からないわけですから、お客さん扱いで終わるのも無理はありません。
キャリア形成実習では、学生を受け入れる実習先に、学生の目標や希望を具体的に提示します。そうすれば、実習先の方は、それに合わせた実習計画が立てられますよね。実習目標が明確だから、お客さん扱いで終わる心配がないんです。
書く作業を通して、学生が自分自身をしっかり理解すれば、就職活動は成功しそうですね。
桐原: それだけでは成功しないと思います。と言うのも、この「言葉にする作業」は、学生だけに求めても成立しないんです。私たちは、受け入れ側、つまり、就職先の企業やお店にも、「言葉にする作業」をお願いすることにしています。たとえば、「求める人材像は?」「1年目の具体的な仕事内容は?」「3年後の仕事内容は?」「期待することは?」など。このような本校独自の「従業員育成モデルプラン」に基づいて作られた質問の回答を、詳細に作成してもらいます。
企業やお店のなかには、「『言葉にする作業』なんて、やってるヒマないよ!」と考える方もいらっしゃるのでは?
桐原: それはそうです。でもね...。ときどき、求人先から「なかなか若手が定着しない」、「今の若い人はすぐに辞める」という不満をうかがうんです。そういう企業やお店に限って、「では、どんな人材が欲しいですか?」と問うと、「元気があって少しやんちゃな子」とおっしゃるんですよね。それを聞いて私たちは「そういう採用だから若手がすぐいなくなるんですよ~」と言うんです(笑)。だって、「元気があってやんちゃな子」って、「元気があってやんちゃであれば"誰でもいい"」と言っているのと同じじゃないですか。"誰でもいい"と言われて、「ここで頑張ろう」と本気で思う人はいませんよね。
「言葉にする作業」は、学生にとっても、企業やお店にとっても、大切なことなんですね。
桐原: とても大切です。「この企業でなければならない具体的な理由」が言える学生と、「採用するのはあなたでなければならない具体的な理由」が言える企業が出会うわけですから、マッチングの精度は必然的に高くなります。学生にとって、一番幸せな就職は、"あなたが欲しい"と言われて採用されること。企業やお店にとっても、どのような人材がほしいのかを明確にして提示することは、ミスマッチを無くすために有益だと思うんです。
「料理人に言語化する力が必要」と聞いても、ピンとこない人もいるのではないでしょうか。
桐原: 料理人って、いろんなアイデアがあって、優れた技術を持っていても、それを言葉にするのは不得意な人が多いんですよ。でも、不得意だからこそ料理を通して想いを伝えたりしてきたわけなんですが、最近ではこれを"意図的"にやるのがトレンドになってますね。今、世で優れた料理人と言われる人たちは、お話も上手です。これからの料理人は包丁を砥ぐのと同時に言葉も砥がなきゃいけないと思います。
あなたは、美味しいものを食べたとき、なんて言いますか?たぶん、「美味しい」ですよね。美味しいものを食べたときの言葉は未だ「美味しい」しかない。比喩表現はいっぱいありますが、突き詰めると「美味しい」だけ。これからは、それ以上の、あるいはそれ以外の言葉で、美味しさを伝える方法を見つけなければなりません。「味覚の言語化」と言ってもいいでしょう。それは、お客様にとって、後輩にとって、何よりこれからの料理業界にとって、必要なことだと思います。
発表する場(=プレゼンテーション)が多いのもこの学科の特長。
「料理業界は、言葉にする力をもつ料理人を求めている」ということでしょうか。
桐原: そうなりますね。この業界は、徒弟制度の習慣があって、長らく「見て盗め」の世界でした。「なぜ?」と問うても「いいからやれ」「見て覚えろ」という答えが返ってくる。もちろん、料理人にとって観察力は重要です。見て気付くこと・覚えることはとても多く、軽視はできません。でも、「見て盗め」の学習法は、私たちの考える学習とはあらゆる面で異なります。「見て盗め」で育った料理人は、結局、後輩にも同じやり方でしか教えることができません。それでは不十分です。
私は、本学科の学生たちに、「なぜ?」と問われて「なぜなら」と即答できる料理人になってほしいんです。言語化ができれば、正確な味覚や技術の継承も、検証も研究も可能になりますから。これは、私が「調理師のキャリア教育は言語化である」と考える根拠でもあります。
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リクルート進学総研 キャリアガイダンス
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