食べることも修業のうち ~フランス三ツ星レストラン自腹全店制覇(当時)~
イベントが目白押しで、ワクワクする時期になってきましたね。
お久しぶりです!西洋料理の新居(にい)です!
今日は更にワクワクする記事を、高岡先生が喜んで書いてくださいました!
内容は、フランスの星付きレストランで食べ歩きをしたこと。
な、なんと!超大作!!読了までに5~10分ほどかかります。
学校や仕事がお休みで、少しお時間のある方、是非読んでみてください。
読み終わりには自分が食べ歩きをしたかのような錯覚を覚えます。
それほど濃厚な記事!興味のある方は、必読!です!!
それでは、どうぞお楽しみください~!
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恥ずかしい話ですが、初めてフランスに行けることになった時には、
現地で具体的に何をするという目標をまったく考えていませんでした。
先輩に「辻調の授業で教えているフランス料理は現地のままだから、それを確かめに行くようなものだよ。」
と言われたのを鵜呑みにしていたこともありましたが、
その先輩が当時フランスに20店あったミシュランガイド※1の
三ツ星レストラン全店食べ歩き制覇ができなかったと言うのを聞き、
なんとなく、自分はそれを成し遂げてやろうという気持ちになっていました。
※1...1900年フランスのドライブガイドとして始まり、覆面調査によるホテル、レストランの格付けを掲載。
現在は日本を含む世界中の地域版が発行され、レストラン最高の三ツ星は
「そのために旅行する価値のある卓越した料理」を提供する限られた店に与えられます。
下の写真は学校の図書室にあるミシュランガイドたち。
ちょっと冷静になって考えてみればわかることなのですが、
フランスの三ツ星レストラン20店を食べ歩き制覇するということは、
お財布にも胃袋にもやさしくないだけでなく、時間の捻出もたいへんです。
せっかくフランスに来ているのにおしゃれなブランド品には目もくれず、
普段の食事は一般のフランス人と同じく質素に済ませ、
収入と休日のほとんどを、広大なフランス国内に散らばるレストランでの食事に費やします。
例えば首都パリの場合、行っておくべき店が数多くあるため、
ルーヴル美術館などの有名観光地は素通りし、昼も夜もレストラン三昧です。
フランス料理のフルコースの食事は、入店から退店まで平均すると2時間半から3時間かかります。※2
ディナーの開始は早くても20時とはいえ、
ランチ後数時間で再びフルコースを食べられるようにするための努力が必要です。
三ツ星レストランのお客様は世界中のセレブですから、食事が終わると決まって
「タクシーをお呼びしましょうか?」と声をかけられるのですが、それを断り徒歩で店をあとにします(笑)。
シャンゼリゼ通りなんて何往復したか忘れるくらいひたすら街を歩き回り、お腹を減らします。
そうして一泊数千円の安宿に戻り、身なりを整えなおして一食数万円の食事に出かけるのです。
贅沢な悩みと言われそうですが、
全店制覇のために2日間で星12個(昼、夜、昼と三ツ星、最後の夜に二ツ星)ということもありました。
※2...ちなみに最高記録は6時間。しかもそれがランチで、その日も2時間後に別の店でディナーを食べました。
ハードなスケジュールは下の図のような感じ。
レストランでの食事には食べること以外にも、共に食事をする方との会話など、いくつもの愉しみ方があります。
料理の注文もその1つで、なかなか儀式めいているので紹介したいと思います。
予約席に案内されて着席すると、早速「食前酒はいかがですか?」と声をかけられます。
もちろん断ることも可能ですが、こちらも目いっぱい愉しむつもりですから「何かおすすめはありますか?」と返します。
王道はシャンパン※3、お店によってはオリジナルカクテルを用意している場合もあります。
食前酒を注文するといよいよ料理メニューが届けられます。
二つ折りのメニューを開くと、左側には上からコース料理の順に
<前菜><魚料理><肉料理>に分けていくつもの料理名が並んでいます。
右側にはお店がおすすめするコース料理のセット<ムニュ>の料理名が提供順に書かれています。
食前酒にはアミューズ・グールと呼ばれる手の込んだおいしいおつまみが添えられ、
それをいただきながらじっくりと料理選びをします。
当初はフランス語にも高級レストランの雰囲気にも慣れず、注文の簡単なムニュばかりでしたが、要領がわかってくると、
左側に並ぶ料理名から自分の食べたい料理を選んで組み合わせるア・ラ・カルトで注文するようになりました。
(下の写真は実際にフランスのレストランで使っていたメニュー)
料理の注文が終わると、今度はソムリエがワインリストを持ってやって来ます。
ソムリエに注文した料理内容を伝え、好みや飲む量、予算を相談し、ワインとミネラルウォーターを注文します。
チーズ、デザートは料理を食べた後の場合が多いのですが、
お店によっては続けてデザートメニューが届き、あらかじめ注文することもありました。
このように、料理を注文するだけでも30分ぐらいは愉しい時間を過ごすのです。
※3...日本では発泡性ワイン全般をシャンパンと呼びますが、
本来シャンパンとはフランスのシャンパーニュ地方で、
厳密に定められたブドウの品種や製造方法で作られた発泡性ワインだけを指します。
手間とコストがかかる製法のため、他の発泡性ワインに比べると価格は高め。
食前酒のシャンパンは銘柄を指定しないとサービスの方がお客様の懐具合を想像して選ぶので、
会計書を見て驚く場合もあります(1杯5,000円!の時がありました)。
レストランには、そのお店やシェフを象徴するスペシャリテと呼ばれる名物料理があります。
それを食べるのは必須として、他にも魅力的な料理名が並んでいると"どれを食べないことにするか"、悩みに悩みます。
近くにあるお店であれば再訪も可能ですが、
最寄駅まで数時間、そこから車で片道1時間半かかる山の上の一軒家レストランなんてところもあります。
二度と来ることができないと思うと、すべての料理を味わってみたいという気持ちにさえなります。
ある三ツ星レストランでは、そんな私に応えるかのような料理が並んでいました。
実際に食べた料理を写真と一緒にお楽しみください。
メニューを開くと<前菜>のコーナーに何品かの料理名が並び、
その最後に『おすすめの冷製前菜4品と温製前菜4品』と書かれています。
(アミューズ・グール 左から...うずらのジャンボネット、フォワグラのコロッケ、サーモンのマリネ)
サービスの方にどのような料理か尋ねると、
「当店のスペシャリテを含む代表的な料理を少しずつお出しします、これだけでコース料理のようになっています。」
ということで、早速それをオーダー。
(牡蠣のクレソン風味)
(クリーム風味で食べるウニ)
(ローストした貝料理)
(前菜では定番のパテ)
(りんごと子豚を使った一皿)
(鶏胸肉のムース)
(骨髄を焼いた料理!日本では食べられません...)
(キャビアのコロッケ)
さらにメニューを眺めていくと<肉料理>のコーナーに
『乳飲み子羊の様々な部位をシェフの発想する3品で 背肉と腰肉のロースト、脚肉のパン粉衣焼き、テール(尻尾)スープ』とあります。
子羊料理マニアとして食べないわけにはいきませんが、すでに8品注文しています。
再びサービスの方に「前菜8品食べた後に、この子羊3品食べられますか?」と聞いてみると
「素晴らしい選択です!(←決まり文句みたいなもので、実際に食べられるかはあまり考えていない返事)」
と言われ、これもオーダー。
(子羊の背肉と腰肉のロースト)
(脚肉のパン粉衣焼き)
(テールスープ)
このお店はデザートも先に注文するシステムで、食べたいと思ったのが『本日のおすすめデザート"3品"』...。
今度は少し考えてはいましたが、サービスの方が「たぶん大丈夫。(←無責任)」と言ったので、思い切って注文してしまいました。
(デザート1皿目)
(デザート2皿目)
(デザート3皿目)
さすがにこの時はやり過ぎたようで、なんとか完食したものの、ホテルに帰ってもお腹が苦しくて一晩中眠れませんでした。
しかも、翌日も予約していた三ツ星でランチを食べ、その後数日間体調を崩したままでした。
普通はそこまでして食べる必要はないのですが、不器用な自分にとって
「とにかく食べろ!」という先輩のわかりやすいアドバイスが、後のキャリアを決定づけたように思います。
私たち料理人の食べ歩きは食べた料理を舌で記憶し、
そのおいしさを自らの調理で再現できるようになるための修業のようなものですから、食べなければ何も始まりません。
おかげさまで数十年経った今でも多くの料理の味を思い出すことができますし、
同じ味を再現することや、よりおいしくするための工夫も考えられるようになりました。
食べ歩きを続ける途中で、数字にこだわることにあまり意味がないと気づき始めていましたが、
結果として先輩が届かなかったフランス三ツ星レストラン全店制覇を成し遂げ、
二ツ星、一ツ星を合わせると正味96、のべでは100を超える星を食べ歩いたことになります。
世界中にフランス料理の料理人多しと言えど、そこまで多くのお店を自腹で食べ歩いた方はまれでしょう。
そんな自分が、これから一流料理人を目指すみなさんにオススメする食べ歩きの極意は次の通りです。
①徹底的に下調べする
星付きレストランはおいしいのが当たり前なので、食べ歩きの目的をはっきりさせてからお店を選びましょう。
お店やシェフの特徴を下調べしておくことで、食べる料理の価値を正しく理解することができます。
②体調を整える
おいしさの記憶には匂い(嗅覚)が深くかかわっているようです。
風邪など、鼻が利きにくい状態にならないよう、食事の数日前から体調を整えましょう。
③料理写真撮影の許可を取る
料理写真は味の記憶を思い出すのにとても有効です。
他のお客様に不快感を与えないようにするため撮影を禁止しているお店もありますので、必ず事前に許可を得て撮影しましょう。
④普通の客として食事を愉しむ
料理人の食べ歩きでは、料理が運ばれてくると一心不乱に食べ、食べ終わるとメモ帳を取り出して、
今食べた料理について分析した結果を事細かに書き出す方が多いです(自分もそうでした)。
星付きレストランのシェフは料理のおいしさだけではなく、
食事の空間と時間を愉しく快適に過ごしてもらうために心を砕いています。
メモすることに必死になってしまうと、料理以外の大切なことを見逃してしまうかもしれません。
食べている時以外は、普通のお客様だったらどのような印象を持つのか想像しながら、
お店の雰囲気を感じて過ごすとよいでしょう。
⑤食後、翌日までに料理内容を思い出して書き出す
食事をしながらメモを取れば100%の"記録"を残すことができます。
一方"記憶"は、自分にとって好ましい感覚刺激が重なったものほど定着するので、
少し時間を置いてから思い出せるもののほうが、五感に訴えかけるおいしさだったということになります。
ただし、2日経過すると記憶はほぼゼロになるので、それまでに料理内容をできるだけ詳細に思い出して書き出しておきましょう。
食事の目的は2つに分けられます。
生命維持や健康増進のための日常の食事は、安価で栄養価が高いことが優先されます。
精神的満足や娯楽のためのハレの日の食事は、高い対価の替わりにお客様の想像を超えるおいしさや感動体験が期待されます。
星付きレストランの食事の価値も、毎日の食事を大切にしなければ正しく理解することは難しいでしょう。
そんなわけで、フランス食べ歩きの終わりごろには、星付きレストランで食事をしたら、
もう1軒は地元の方が日常的に食事をするビストロ(定食屋、居酒屋)に行き、
フランス人の暮らしや生活、地域の雰囲気を体験するようにしていました。
今はただただ、丈夫な胃袋に生んでくれた母親と、
1人フランスでの贅沢三昧を許してくれた(時効w)理解ある家族に感謝しています。
高岡 和也